今回は、以前年俸制導入のご相談をいただいた際に、リサーチして確認したこと、それに対して検討したことをまとめたいと思います。また実務的な判断についても簡単に触れていますが、判断を含め、私自身の考え方などを示している部分は、法的な正解がないものもあります。よって、個別の事案に当てはめる際は、事案ごとにその妥当性、有効性は検証するようにしてください。
年俸制の定義と法的性質
年俸制について法的定義は明確にはないが、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標の達成度を評価して年単位に設定する制度※」や、年額賃金額をあらかじめ定め、月例給与や賞与相当部分などに分割して支払う賃金制度(賃金の決定・支払方法)を言う。賃金の決定方法(支払形態)であって雇用契約の期間を定めるものではない。この認識が実務上きわめて重要で、正社員における年俸の「更新」とは、雇用契約自体の更新ではなく、年俸額の「更改(改定)」に過ぎない。この点を導入する企業があらかじめ理解しておく必要がある。業績が不振だからといって、年俸制の社員の雇用契約を年俸制の対象期間終了後に解約できるという誤解があり得るため、注意すべき点である。
論点1 給与額変更の方法
年俸変更には以下の2つのタイミングがある。
(1)年俸の対象期間を更新する際に変更する
(2)年俸の対象期間の途中で変更する
以下、それぞれの論点について注意点を記載する。
なお通常の賃金制度から年俸制に変更する際の雇用契約の変更については、別の論点(年俸制そのものというより労働条件変更の有効性)になるので、今回は割愛する。
(1)年俸の対象期間を更新する際に変更する
年俸制というとスポーツ選手のような昨シーズンの活躍等を考慮して大きく増減してOKと思われがちな部分がある。もちろん増額する場面においては法的な争いにはならないが、減額する場面においては、その根拠が明確でないと法的な争いになった場合に減額無効となるリスクがある。
ではその根拠はどのようにすればいいかと言うと以下の要素を備えることが必要だと考えられる。
①成果・業績評価基準の制度化
②年俸額決定手続の明示
③減額の限界(上限)をどう設計するか
④不服申立手続の整備
これらが就業規則等に明示され、かつ内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権が認められる。上記は要件とまでは言わないが、紛争予防のために整備が強く推奨され、整備状況が有効性判断に影響する要素である。
ただ実際に上記が多くの企業において完全運用できるかは疑問が残る。
そもそも企業が年俸制を適用したい考える管理監督者の地位にあるもの(多くは部長、雇用型執行役員など)は、会社の業績と連動させたい(数字を出した分給与に反映される)という動機から年俸制にしたい、という要望になっているケースがある。
通常、業績を連動させるのは賞与部分だったり、歩合給で支給する方法だったりを取るがこれでは固定的に支給する部分は基本的に下げることはない。そのため、より強い経営者として一体的な立場を取るべき管理監督者に対しては業績が下がった際はそれに応じて給与も下げたい、もしくは下げる裁量を確保しておきたい、ということから年俸制を導入したいという動機になっている。
もちろん①の成果業績連動基準を完全運用できれば上記は実現するのだけれど、そこまで精緻な評価制度は運用できないという企業も多い。
だとすると一定の法的リスクは飲み込んで、①〜④は完全には満たせないけど、その企業ごとのルールをなるべく客観性があるような形で賃金規程等に落とし込む方が実務的と言える。
もちろん、例えば③の減額の限界については概ね2割程度が基準となることは説明する。2割というのは判例上明確なものではないのだけれど、裁判例から考えるとそのくらいが限界だと思われる。ただし「2割までOK」という意味でもないし、3割だから100%NG、1割はどんな事案でも可能、というものでもない。あくまで減額上限を設定する際の目安程度の位置付けであるが、この「減額上限を設定すること」には一定の意味があるということである。結局のところ、根拠・制度運用・不利益の程度・緩和措置等の総合衡量で決まる点を実務的には押さえておかなければならない。減額幅には一律の『何%まで』という基準があるわけではなく、根拠規程の内容、運用の適正、手続、対象者の不利益の程度、緩和措置等を総合衡量して判断される。実務上は、上限(キャップ)を明示しつつ、激変緩和等も含めて合理性を積み上げる設計が紛争予防に資する。
(参考)
【約15%および約20%の減額が有効とされた例】 (令和3年12月23日 東京地裁判決 事件番号 平30(ワ)30764号)
減額幅:
1年目:前年度の年俸1498万1000円から、減額緩和措置適用後で1273万4000円(約15%減額)へ改定。
2年目:前年度の年俸1273万4000円から、減額緩和措置適用後で1018万8000円(約20%減額)へ改定。
- 有効とされた理由
労働契約の内容となっている「年俸規程」に基づき、合理的・客観的な支払基準を当てはめて決定されたものと評価された。
この判決では人事権の濫用について明示的に判断していない。
【約25%の減額が無効とされた例】 (令和5年10月27日 東京地裁判決 事件番号 令4(ワ)4862号)
事案の概要と判断:
人事権の行使による降格によって等級(グレード)及び賃金が連動して低下することが、本件雇用契約の内容になっていたとまでは認められず、本件雇用契約上の根拠があったとは認められないとして、減額幅にかかわらず無効とされた。
- 人事権の濫用
裁判所は契約上の根拠がないと判断しているので、人事権の濫用について判断するまでもなく減額が認められない事案。
ただし本事案で、裁判所は、仮に労働契約上の根拠があったと仮定した議論の中で、基本給を1106万4739円(月額92万2062円)から829万8558円(月額69万1547円)へと約25%減額したことについて、原告の従前の基本給が相当高額であることや、降給後の賃金がグレード4の参考給与レンジの最大値に近い賃金であることを踏まえても、「原告の受ける不利益は大きい」ことを考慮して人事権の濫用に当たると判断している。
なお保守的に考えると労働基準法第91条が定める減給制裁の上限(1賃金支払期に総額の10分の1=10%まで)を参考基準にすることも考えられる。(これは「懲戒」としての減給の上限であり、人事評価・降格に伴う賃金改定とは論点が異なるが、法規制の値を保守的に減額上限にするということ。)
(2)年俸の対象期間の途中で変更する
これはどのようなことが想定されるかというと
①対象期間中において、(他の社員の退社等により)臨時で昇格があった
②対象期間中において、懲戒処分による降格があった
などが考えられる。
①の場合は、基本的に昇給となるはずなので特段の問題にならず、年俸額を日割り支給することで対応する。
②の場合は、そもそもの降格の妥当性、正当性(手続きなど)が求められる。その上で一旦契約が成立している年俸額を途中で変更することが可能か、という議論になるので、これはその減額額や個別の事情によって判断することになると思われる。
なお特段の事情がなく経営的な理由から対象期間中に変更することは、労働契約法第8条〜第10条の問題になる。
よって対象期間中の変更(減額)というのは高いハードルがある、という事情を企業には必ず説明しておく必要があるし、その上で個別事案で減額する必要性がある案件については、その事情を詳細に確認して進めることが必要。
なお(1)(2)いずれにしても減額時の合意取得は極力取り付けるようにするべきである。
論点2 就業規則(賃金規程)への規定
年俸制は特に勤務成績や業績等によって、賃金の減額可能性を担保する賃金設計になっているので、上述した
①成果・業績評価基準の制度化
②年俸額決定手続の明示
③減額の限界(上限)をどう設計するか
④不服申立手続の整備
を規定し、周知することでその効力が担保される。上記は4要件が揃っていなければ必ず否認されるものではないと思料するが、一般論としては上記が挙げられることが多く、これから年俸制を制定するのであれば、網羅しておくべきだと考える。
論点3 年俸制の減額同意が取れない場合
可能な限り同意を取り付ける努力(その額になった説明、根拠などの説明)を行うべきだがそれでも同意が取得できない場合もあると考えられる。
その場合の対応は様々だが、以下のような対応が考えられる。
(1)制度の合理性、客観性、公平性等が担保されているとして、就業規則の合理性に問題がないと考えて、制度の運用どおり減額する。
→当然、上記の合理性等について紛争リスクを負うことになる。
(2)保守的に対応するのであれば、合意が成立しない場合は前年度の年俸を維持する。
→(1)のようなリスクは生じないが、そもそもの年俸制の制度運用自体が骨抜きになる。
(3)激変緩和措置を設ける
→例えば減額が5%だとした場合、そのうち半分(2.5%)を調整給等で次年度まで支給する。ある種の折衷案。
どれがいいという訳でもなくて、いずれも一長一短の対応となる。
重要なのはいずれにしても、その年俸となることの納得感を対象者が持てるような制度設計と説明、運用に尽きるので、同意が得られない場合はこれらを見直すことを強くお勧めする。
なお同意があるからといって、必ずその同意が有効となるかは別議論(山梨県民信用組合事件(最判平28.2.19)を参照)となる。
論点4 賞与について
年俸額を14等分して、うち2等分部分を2回に分けて賞与として支給するような運用をする場合、以下の点を注意しておく必要がある。
年俸制における賞与とは、あくまで年俸額を分割したものにすぎないので、契約時点で年額は決定している。確定した賃金の後払いとも言える。
年俸制における賞与はあくまで支給決定した年額を分割したもの(支給が確定した賃金の後払い)なので、仮に支給日時点で在籍していなくとも、在籍期間分の賞与は日割り等で支給するべきだと考える。
例えば、14等分した結果、賞与が60万円(各30万円)となり、対象期間の50%在籍したのであれば、30万円分の賞与は支給するのが妥当。
ただし年俸制の設計によって、当該賞与部分に支給要件を設定すること自体に法規制はないので、制度設計によって在籍日基準とするような運用もあり得る(有効性の是非は別として)。
また割増賃金の計算においても、あくまで年俸者の賃金額は年額で決定しているので、割増賃金の計算の基礎になる時間給の計算式は、
時間給=年俸額÷12÷1ヶ月の平均所定労働時間
で算定すべきであり、賞与支給があっても同様の計算をしなければならない。この点について「賞与として支払われている賃金は、労基則21条4号の『臨時に支払われた賃金』及び同条5号の『一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金』のいずれにも該当しないものであるから、割増賃金の算定基礎から除外できない」との通達(H12.3.08 基収78)があることから、賞与時支給部分を含めて確定した年俸額を算定の基礎として割増賃金を支払う必要がある。
論点5 割増賃金支給不要という誤解
年俸制導入企業が誤解しやすい論点として、「年俸制=残業代不要」は誤りで、原則は割増賃金が必要。例外は労基法41条の適用除外(管理監督者等)に該当する場合であり、肩書だけで決まるものではない。なお管理監督者等においても深夜労働にかかる割増賃金の支給は必要である。
論点6 有期雇用契約との誤解
企業の担当者(または社長などの意思決定者)において、たまにある勘違いとして
「年俸制の場合、前年の業績・成績が不良であれば、来期は更新しません」という勘違いがある。
これはよくある勘違いなので、雇用契約期間と年俸の契約期間を混同していないかをあらかじめ確認しておくべきである。
以上です。
本記事は2026年3月時点に作成をしたものですので、それ以降の法改正等については考慮しておりません。
本情報が、閲覧される方の業務等の一助になれば幸いです。
(参考書籍)※詳解賃金法務関係法務
